『いきなり最終回第6巻』 宝島社

いらかの波
逆境に負けずさわやかに生きる、現代版石田国松
■河氏のデビューは、高3のときりぼんの漫画スクールでの入選がきっかけ。当時の編集者は河氏を男だと思い込み、男のわりに女の子がよく描けてるというのが入選の理由だったとか。
■そして8年『いらかの波』の連載が始まるが、当初は5回の予定だった。それが4年の連載になるとは河氏もまったく予想外。特に一旦間をあけて、また始まった2部の執筆中は、河氏の言葉を借りれば、どこまで続くかわからない「長いトンネルに入った状態」。人から言われたことに惑わされがちな不安定な状態だった。
■そうした状況で作者も予想しなかった程作品はヒットした。ファンレターもドッと増えたが、途中「渡がなおみちゃんに冷たすぎてかわいそう」というお叱りの手紙も多かった。
でもなおみちゃんが「私って世界でいちばん不幸な少女だわ」と言ったときは、「世の中にはもっと不幸な人がたくさんいる」とマジな手紙も来た。よくも悪くもなおみちゃんは、この作品の中で妙に気になる存在だったようだ。
■そのなおみちゃんは、河氏のマンガの中では『いらかの波』で初めて登場したキャラクター。いかにも少女マンガっぽいキャラはもちろん河氏一流のパロディだが、当時知り合いのマンガ家や友人の間では路線を変更したと話題に。

 行間に文字以外の五感を刺激する要素が感じられる小説があるように、マンガにもコマの間に音や匂いが感じられる作品がある。『いらかの波』の「コマ間」には、懐かしい香りが感じられる。それは誰もが生活の中で体験したことのある、たとえば夕飯の支度をする民家の台所の音や、豆腐屋のラッパの音のようなものだ。あえてジャンル分けをするとしたら『いらかの波』は学園ものでもラブコメでもなく、テレビのホームドラマにいちばん近い感じがするのだ。だから生活感はあるが、リアリティはない。地に足がついているようで、突拍子もないキャラクターが登場したりする。いってみれば“非現実的な現実感”。それがこの作品に独特な匂いをつけていたのだと思う。
「入れたいものはなんでも入れてしまったので、コマは小さいし、主人公は小さいし。これでよく読者がついてきてくれたと思いますよ」
と語る河氏だが、むしろそのコマや主人公の小ささが、この作品が持つホームドラマの匂いにマッチしていたのではないだろうか。
 主人公の渡の存在感というのも、不思議といえば不思議である。孤児院で育った暗い過去( ?)を持ちながら、カラッと乾いた明るさがある。そして渡自身というよりも、むしろ渡に関わった周囲の人たちのほうが、恋愛をしたり悩んだりしてひとりひとりのドラマを作り出してゆく。渡は主人公でありながら、芝居の狂言回し的な色合いの濃い存在なのだ。この渡という主人公のルーツは実はこんなところにあった。
「ちばてつやの『ハリスの旋風』が大好きだったんですよ。あの石田国松のようなカラッと元気のいい男の子が描きたかったんですね。自分が一読者だった頃、よく友達と『ハリスの旋風』の話をすると『あの園長は絶対国松と血縁関係があるよね』って盛り上がったりしたんですよ。でもあのマンガはとうとう最後まで、そういう部分にまったく触れないんですね。その乾いた感じっていうのかな。自分が読者としてマンガを読んでいたときに欲しかったいろいろな要素を全部入れちゃおうと思って描いたんです。もともと短期連載の予定だったし、何か少年マンガ的なものをやり逃げしちゃえって感じだったんですよね」
 もちろん、渡自身も悩んだり考えたりする部分はたくさんある。でも結局「え〜い、考えてもわからないや」といった開き直り方をするところなど、確かにとても少年マンガ的なキャラクターだ。
 そしてもうひとつ確認しておきたいのは、『いらかの波』全編に漂うホームドラマ的な温かさは、やはり渡ではなく周囲の人たちが作り出しているという点だ。義父母の思いやり、友人の誠実さ、それにそれぞれの家庭の持つ雰囲気等が、フワフワした温かみを醸し出している。また登場人物の多さはかなりのものだが、ひとりひとりがとても個性的にしっかり描かれているのに対して、渡だけは明るくて元気な少年という部分以外、あまり深いところまで素顔を見せてくれない。
「編集の人にね、『渡は自閉症だ』って言われたことがあるんですよ。『彼はものごとの核心に触れるようなところになると、必ず黙っちゃうじゃないか』って。あれだけたくさんの人に囲まれているのに、実のところ彼自身は回りの人間に執着してないんですよね。その編集の人って、けっこう鋭い人だったから、そう言われたときもドキッとしましたよ。それは多分、私自身にそういう部分があるから、渡の性格がそうなってしまったんだと思ったんですね」
 河氏は“自閉症”という言葉を使ったが、それは言い換えれば、自分だけの確固とした世界を持ちながら、それを人にストレートに見せることに恥ずかしさを感じてしまう正確とも言えるのではないか。そう考えてみると、わかりにくかった渡の性格も、少しハッキリと見えてくる気がする。
 一見単純そうで、実は何か心の奥のほうに秘めたものがある渡というキャラクター。それは河氏が設定したものではなく、結果的にそういう人物ができあがったと言ったほうがいいのかもしれない。とにかくこの明快なようで明快でないキャラクターの魅力と、先に触れた現実的なようで非現実的な世界。それが『いらかの波』を、ただ楽しい、おもしろいというだけで読み飛ばされてしまうマンガとは一線を画す、読者の気持ちを引きつける作品に昇華させたのではないだろうか。
 そして最後に、河氏自身にとって、『いらかの波』はどういう作品だったのだろう。
「連載の途中で引越しをして、フリーな生活になったというのもあるし、私自身、ある程度の年齢に達していたし、人生の節目というような時期に描いた作品なので、印象の強い作品ではあります。ただ、代表作かっていうと、短編でもすごく好きな作品はあるし。『いらかの波』は私にとって、肩書きのひとつなんでしょうね。多分」
 こうアッサリと言い放った河氏の言葉が、渡のカラッと乾いた感じとオーバーラップした。『いらかの波』の中に存在するホームドラマ的な世界は、河氏の内面も原体験も、すべて詰め込んだ心象風景だったのかもしれない。

【河あきら氏が選ぶ、少女マンガベスト5】
・星のたてごと(水野英子)
・ニーノとフランソワ(あすなひろし)
・白いリーヌ(飛鳥幸子)
・リンゴの並木道(西谷祥子)
・おお!キャロル(青池保子)
「『星の〜』は幼い頃すごく印象に残っていて、後からそれだとわかって感動しました。『白い〜』も、その透明感がある不思議な色が叙情的で好きでした」という河氏。順位なしの5作品。

(原文まま)