河先生とお会いしたこと。  2003年5月31日

 もう1ヶ月も前のことになりますが、初めて河先生にお目にかかることができました。ここではそのときの経緯やデートの内容をお話ししていきたいと思います。もちろん、河先生のご了承をいただいています。

 このHPをはじめて4年が過ぎました。最初に企画して準備をはじめてからだと5年になります。河先生にはその最初から連絡を取らせていただいて、何かとご無理をお願いしてきました。河先生にはこういうファンクラブ的なものに関わるお気持ちがまったくなくて、権利を侵害しない程度に自由にやってください、と資料の提供をしていただいていました。「ミナさん」が終わり、新作のない時期があり、「ちゅらさん」を発表し…という中で、定期的にファンレターを送っていたわけでもないのに、河先生からは年賀状と旅先からのおハガキをいただくようになりました。
 「ちゅらさん」の過酷なお仕事が終わって一息つかれた頃、季節のご挨拶だけでなく新作の情報をいただけるようになりました。NHKで取材を受けたとか、女性雑誌のまんが特集記事に扱われているのを偶然みつけたとかの情報もいただけるようになりました。そして昨年の夏、町内のお祭りに来ませんかというお誘いをいただいたのです。残念ながら私も昨年は町内会の班長をやっていて同じ日にお祭りがあり、お呼ばれをお受けすることはできなかったのですが、来年こそは、とひそかに心に誓っておりました。そしてこの春、上京するのを機に良かったら会いましょうと河先生からお声をかけていただいたのでした。

 約束は4月28日、前日に電話をくださいとお手紙にあったのですが、ビビリの私はなかなかその勇気がでません。何時ごろだったらご迷惑にならないだろうかとか、まず何て名乗ればいいんだろうかとか、つまらないことをウダウダ考えた揚げ句、あきれた友人に背中を蹴られるようにして受話器を握りました。
 電話に出られた河先生はすぐに私をわかってくださいましたが、私の方は焦りの中で戸惑いを感じていました。なんとお声が、とてもとても女性っぽかったのです!(蹴)優雅な奥様のようなお声で、これまで作品から、あるいはいただいた手紙の文面から感じられる雰囲気からはまったくかけ離れていました。待ち合わせ場所や時間の段取りがついて電話を切ったあとも、どうしても河先生と今の声が一致せず、実感が湧きませんでした。
 翌日、待ちあわせ場所に早めについたため、駅前の郵便局に行ったり本屋さんに寄ったりしながら時間をつぶしておりました。その間も心臓はバクバク。実は私、人の顔を覚えるのがとんでもなく苦手なんです。河先生の顔を何度もコミックスで見ているのに、お会いして見分ける自信がないのですよね。で、先生にみつけていただこうとこちらの服装などを細かにお伝えしていたのです。それが功を奏したようで、階段を下りてきた先生にしっかり見分けていただきました。名前を呼ばれて振り返ると…ああ、見覚えのある河先生だ〜。しかも服装もいつものカッコだ〜。間違いない〜。ホッとして喫茶店に落ち着いたのでした。

 

WONDER4のカラーを。  2003年6月1日

 席についてすぐ、何から話せば〜!という困惑の中でたどたどしく会話がはじまりました。もう緊張でまともに喋れない。何か言っても気の利かない相づちを打つ程度で、今考えても自己嫌悪。先生の方が気を遣ってくださって、いろいろお話ししてくださいました。
 その日は編集部に「WONDER4(前編)」のカラーページ納品の日で、待ち合わせの前にそのお仕事を済ませて来られたのです。そこで出来上がったばかりのカラーページのコピーをいただいてしまいました。実際に本に載るより1ヶ月以上も早く目にすることができるなんて、し、幸せ〜。おまけに「その辺にあったのをコピーしてきたんですけど」と地元広報誌に掲載されている「きまりチャンと’」もいただいてしまいました。ああ、勿体ない…。それでも緊張しまくっている私は、この感動をうまく表現できず、愛想のない反応をしてしまったんじゃないかと…。反省しきりでございます。
 いただいたコピーはミュージアムに展示しています。お楽しみください。

 

ちゅらさん裏話。  2003年6月1日

 「ちゅらさん」のお話しをたくさん伺いました。ちょうど「ミナさん」が終わって少年画報社とのつながりが薄くなったとき、双葉社さんから「コミカライズするんですけど描いてみませんか」という打診をいただいたのだそうです。先生的には別にどちらでもいい仕事だったんですが、国営放送のコミカライズということでお母様がとても喜ばれて、それでこの仕事を受けられたとか。実は双葉社さんも先生がこの仕事を受けるとは思っていなかったのだそうです。なので、雑誌で前半を掲載したときのメッセージで『平均3時間の睡眠で…』と書いたら、編集長さんが恐縮してしまったとか。お互いに「こんなハズじゃ…」という思いのまま仕事は進んだのだそうです。

 この企画はとにかく準備期間が長くて、沖縄に取材に行ったのが2月って言われていたかな?で、キャラクターのサンプルイラストが何度も何度も描き直しになって、結局ドラマにより似たキャラを求められてああいう絵になったのだそうです。実際の俳優さんに似せたために動きが乏しくなったというご意見がありましたが(私も言った気がする)、NHK制作側の意向だったんですね。メインのレギュラーの絵柄は執筆開始前にチェックされるそうなんですが、あとから出てくる方に関してはそうもいかなかったようです。たとえば一風館の管理人さんなんかは衣装あわせも済んでいなくて脚本で判断するしかない。河先生の判断で「このテの高齢のご婦人はヒラヒラのドレスエプロンに違いない!」と決めてかかって描いたら、それが大当たりで大笑いしたとか。
 描き始めたら時間がなくて、東京の病院(えりぃや文也くんの職場)には取材にも行けず、おまけにミンサー織りのお守りの資料が送られて来ず、どんなデザインなんだ〜!と叫びながら描いたとか。そうやって時間に迫られて、ついにFAXを導入したとおっしゃってました。
 最初から全話の脚本を手渡されるわけではもちろんなく、あとからあとから何週か分ずつ送られてくるんだそうです。描くシーンの指定もきっちりあって、河先生としては省きたいと思っている部分も描かざるをえなかったとか。先生は主人公のえりぃを嫌いになりたくないから、偽善的な行動の部分なんかははしょりたかったとおっしゃってました。結局ページ数は決まってるし指定の場面は描かなきゃいけないしで、最後の方で詰め込めるだけ詰め込む形になってしまったのだそうです。
 私が「ふたりっ子」も「オードリー」も3巻なのに、なんで「ちゅらさん」は2巻なんですか〜とゴネると河先生は「これがあと1冊分ってことになったら私が倒れてた。2巻で完結で助かった」とおっしゃってました。まりあさんの絵本のイラストも河先生に描いて欲しかったのですが、こんな地獄なスケジュールの中じゃ無茶でしたね。
 雑誌掲載が前半部分だけだったのは、最初からの予定だったそうです。編集部の意図はわかりませんが。単行本の発売が1ヶ月遅れたのは、ドラマより先に発売したらネタバレになるからという配慮からだそうです。急遽スケジュールに余裕ができて先生はとても助かったとか。それならそれで告知しろ、双葉社!

 余談ですが、ドラマの収録が終わった打ち上げの席に先生も出席されたのだそうです。もともと芸能人に興味がなかった先生は唯一、村田雄浩さんにだけ紹介してもらってお話しされたとか。男前の小橋賢児クンは、意外にもひたすらゴハンを食べていたそうです。

 

ドラマ化アニメ化。  2003年6月2日

 こちらのHPでも何度か話題になった『いらかの波』や『ご町内のミナさん!』のアニメ化・ドラマ化ですが、昔テレビ局から河先生の方にアプローチがあったのだそうです。
 『いらかの波』はアニメ化の話が1980年代にあったとか。当時少女まんがのアニメ化で成功したものは少なく、河先生は自分の作品が別物になるのを怖れてお断りしたのだそうです。キレイな画面で人気を博した『エースをねらえ!』でさえも、河先生は「山本鈴美香サンの絵もあんなんになっちゃったし」と言っておられました。実際、あの頃のアニメ化というのはひどくて作者の意向なんか無視でしたし、絵も悪く、ギャグの見せ方もなってなかったですからね。そりゃそうだわな。同じころアニメになった『伊賀のカバ丸』を見て「ほらね」と『いらか』をアニメ化しなかった判断に確信を持ったそうです。今ならアニメの技術もクオリティも進んでいますから、制作会社によっては(ここ大事)いいものができると思うのですが…。私もそっち関係のメディアで河先生の作品を見たいと日頃言っていますが、実際コミックのアニメ化を見ると8割は落胆しますもんね。
 『ご町内のミナさん!』の前に、TBSあたりの昼ドラで『すでにもう善人』のドラマ化の話があったそうです。でも和田慎司さんのドラマ化された『スケバン刑事』などを考えるとやはりその気になれず、お断りしたのだとか。そして、その直後に始まったのが長淵剛と志穂美悦子のドラマ『親子ゲーム』。なんと設定をパクられてしまったんですね。お話を聞いて、ああ、そういえば!!と思いました。あのドラマ、当時けっこう好きで見ていただけに怒りが湧いてきましたね。そういうのはもう、テレビ局は節操がないみたいです。原作者に断られたらパクる。無法地帯ですね。確たる証拠もないし、原作者側は泣き寝入りなんだそうです。
 『ご町内のミナさん!』のドラマ化もやはり昼ドラで、これは先生のお母さまが喜ばれたこともあってお引き受けしようかと思っておられたんだそうです。でも主婦が見る時間帯のドラマだということで、子どもを出さなきゃイケナイってハナシになった。考えて見てください、ミナさんと新名クンの子ども。信じられない。そんなことしたらあの作品の軸が変わってしまう。一般の社会と違う、家庭というものを持たないミナさんがご町内で奮闘するというのが基本設定であるはずなのに、それじゃあ根本が狂ってしまう。私なんかは「そんな申し出をしてくる時点でこの作品の良さをわかっていないヤツラが作るのがはっきりしている。任せたら何を作られるかわかったもんじゃない」と思うのですが、河先生はお母さまを喜ばせたくてその条件を呑む気でおられたそうなんです。結局その話はたち消えになって、世界観の狂ったミナさんがドラマになることはなかったんですが、こんなもの見せられたらテレビにちゃぶ台投げつけてしまったでしょうね、ワタシ。

 蛇足ですが、今フジ系で放送している『愛しき者へ』というドラマ、もともとはわたなべまさこさんの原作なのだそうです。それをフジがドラマにするのに中身を大掛かりにいじって、タイアップということなら話題性もあるしということでドラマのストーリーをもとに、わたなべまさこさんがコミックを描き直したのだそうです。すると、フジの方から“ドラマをコミカライズしているんだから著作権はこちらにある。使用料を払え”と言ってきたのだとか。わたなべまさこさんが提供した作品なのに、です。結局フジがわたなべまさこさんに支払った金額よりもはるかに高額な著作使用料を、わたなべさんがフジに支払うことになったのだそうです。今月の『すてきな主婦たち』でたたみこむようにバタバタと最終回を迎えてしまったのはそのせいじゃなかったのかなと思いました。テレビ局ってえげつない〜。

 

ミナさん実話含有率とジブリアニメ。  2003年6月4日

 みなさんご承知のことですが、『ご町内のミナさん!』には河先生の実生活がてんこもりに詰まっています。それを挙げだしたら書ききれないのですが、いくつかご紹介。
 「カミサマノイウトオリ!?」で、神田って男が出てきますね。登場はもっと早いのですが、実際のエピソードが描かれるのはこの回。勘違い男の包丁騒ぎです。アレ、実話なんだそうです。つきあっていたわけでもない同人時代の仲間が、もう、まったくまんがと同じように「仲間と賭けをしているから結婚しよう。断られたらこの包丁で死ぬ!」って…。そして河先生がコブラツイストで締め上げて包丁を奪って、というところまでホントだっていうからビックリ。先生ってネタにこと欠かないように生まれついてるんだなあなんて思ってしまった。
 「朝までナマ事件」のヤク中男の話も実話だそうです。同居されているマネージャーさんがかずえちゃんで、まんまああいうやりとりだったんだそうです。事情聴取の際には河先生とマネージャーさんが揃って使い捨てカメラでバシャバシャ写真を撮りまくり、フラッシュたきまくりでヒンシュクだったそうで…。やっぱネタがついてくる人生…(^_^;)。

 峰サンの盗作騒ぎがありましたよね。これも昔同じようなことがあったんだそうです。盗作された、というのもそうなんですが、相手を呼びだして話しあうって部分も。盗られたまんが家さんは同席せず、同志が集まって談判したらしいんですが。あるんですね、そういうこと。
 で、その流れで出たのがジブリアニメの話。『耳をすませば』の中の、数々のエピソードが先生の好きな古いまんが作品のパクリなんだそうです。「バイオリンを作る男の子の逆光になる姿がちょっといいなあと思うけど、あの話はね〜。中途半端なカントリーロードも聞きたかないし」とけちょんけちょん。私もあの話は恥ずかしくて。あの男の子(名前忘れた)には最後までクールでいてほしかったなあ。ラストの赤面モノの告白はどうよ〜!
 『もののけ姫』をハッピーエンドと解釈する河先生。あれがハッピーエンド?テーマは『風の谷のナウシカ』と同じだし、結局人間の文明と自然は共存しがたい、それぞれの社会を尊重することも果たしえていない。物語では大自然の浄化で終わるし、文明が粛正されるわけでもない。サンもアシタカもそれぞれの場所に還っていく、アレがハッピーエンドとは思えない、なんつて語ってしまったワタシ。まだ『ナウシカ』の方が後味良かったと思うんですが。
 『魔女の宅急便』も何がいいのかわかんない。『トトロ』の後で話題になったけど、どこがいいワケ?あのトンボってなに?と厳しい批評〜。河先生、「宮崎アニメは好きだけど高畑アニメは好きじゃない」とおっしゃる割に宮崎アニメへの批判も激しいです。そんな河先生と私は、ともに『天空の城ラピュタ』がイチバン。ちょっとホッとしたりして。
 高畑アニメといえば、私が「『トトロ』を劇場で見たけど、同時上映の『火垂るの墓』の後だったから“こいつら、なんて能天気なんだ!”と思った」と言うと、「『火垂るの墓』は見てると腹が立つ。兄貴が自分の意地のために妹を死なせただけでしょ。あの作家が自分の体験を正当化するために、いかにも書きそうな話」と手厳しい〜。
 ラムのスペアリブと格闘しながら語り合ってしまった話題でした。

PL法。  2003年6月22日

 平成6年に制定された製造物責任法、いわゆるPL法はまんがの世界にも迫っている!…かどうかは知らないけれど、ドラマの「動物のお医者さん」の最後に出る注意書きを見るたびに河先生とのお話を思い出します。
“ハスキー犬は大型犬で飼うのが難しい犬種です。”
“ドラマのチョビは生後7ヶ月の幼犬でドラマの設定とは異なります。”
というやつ。
一時期のブームでハスキー犬を飼ったはいいけれど、大型犬で扱いに困った飼い主が無責任に山に捨てるという社会問題になりました。そういった類似行為を懸念してのテロップなんでしょうね。
 もうひとつ、“獣医になるには大変な努力が必要です。”という注意の意図する問題と似たようなことが「いらかの波」でもあったそうです。曰く“私の友達が渡くんに憧れて大工になるために建築学科のある学校に入学しましたが、成京工業高校みたいに楽しい学校じゃなくて中途退学しました。彼女の将来をどうしてくれるんですか。”というものだそうです。…言葉が出ませんでしたね。アホらしくて。ホントに大工になりたかったんなら学校が面白くなくても卒業までガマンしなさい。ただマンガに憧れて工業高校に入ったんだったら自分の浅はかさを恥じなさい。それをまんがの作者にぶつけてくるなんてお門違いもいいとこ。それでも河先生は何か応えたほうがいいのかと悩まれたそうですが、当時の編集さんから「放っておきなさい」とアドバイスされて返事は書かなかったそうです。いるんですねえ。ノリで行動して、うまくいかなかったツケの責任を他人になすりつける輩が。小さい子供ならいざしらず、将来を考えて自分で学校を選んだんでしょうが。あきれてものが言えません。
 そういう人間が増えているからか、テレビコマーシャルを見ていても多いですよね。“これはCM上の演出です。公共ルールを守りましょう”ってのが。松嶋菜々子がすべり台を滑ってきて下にいた男の子にキックをくらわせるお茶のCMも“悪ガキがマネして他人にケガをさせたらどうするんだ”とクレームがあってそのシーンを差し替えたんだとか。公共の場でやっちゃいけないことをテレビがやってたら、なぜいけないかを含めて子供に教えてやればいいんじゃないでしょうか。なぜしつけをドラマやCMに押しつけるんでしょう。危ないこと、いけないことを見せないようにすると、子供は何がよくて何が悪いのか判断できなくなるんじゃないでしょうか。
 めんどくさい世の中になったなあ、と思うと同時に、なんでも人のせいにする風潮が一般化しているのかと思うと暗澹たる気分になります。人のフリ見て我がフリ直せですね。

さらに作品リストも大改造。  2001年1月5日

 やっと完成〜。といっても、作品解説は増えていません。分類とレイアウトを少し変えて、文字を見やすくしただけなんですが、1日かかってしまいました。
 辞典関係も、索引を見やすくしてリニューアル。その名も「The KAWA-jiten!」。人名辞典は名前だけ羅列して、中身が伴っていないんですが、まあ、例によって追々埋めていきましょう。
あちこち手を加えています。また感想などお寄せください。

そして出版リストも大改造。  2001年1月3日

 昨日、「いずれ出版リストもこういう形にしたい」とか言っていたんですが、やっぱ手をつけたらまとめてやってしまうのが私の悪い癖〜。というわけで、出版リストのページも小窓が出てくる形にしました。これってサイトの重さは変わらないのかな、積んでる画像はいっしょだもんね。
太い文字でこまこま書いていた一覧が、少しすっきりしました。読みやすくなったかも。


お宝14番目の部屋 大改造。  2001年1月2日

 年末年始の休みを使って、カラーカタログの部屋に手を加えてみました。エルフさんに現物を見せていただいたときから思っていたんですが、せっかく扉絵が並んでいるのに、あんな小さいんじゃもったいないなと。で、懸案の子画面操作というやつをやってみました。画面下のタイトルをクリックすれば、それぞれをちょっと大きな画像で見られるというものです。いずれ出版リストもこういう形にしたいと思っています。
 この作業をするにあたり、またしてもめちゃくちゃお世話になってしまったMORGEN師匠、ありがとうございました。あなたの不肖の弟子は、こうして牛歩のごとく成長を遂げつつありまする。免許皆伝までの道は険しい。


年頭のごあいさつ。  2001年1月2日

 みなさま、あけましておめでとうございます。m(__)m
昨年中は何かとお世話になりました。
もーほんとに、出てくればページの更新ができていない言い訳ばっかリしていた2000年でした。
しかも後半は、ミナさんが終わって、毎月の更新がすっかり怠ってしまいましたね。
今年は…今年もそーゆー年になってしまいそうですが、みなさま、なにとぞ愛想を尽かしておしまいにならないで、どうかどうか温かく見守ってくださいませ。
本年もどうかよろしくお願いいたします。m(__)m

いらか3.4.5巻。  2000年12月14日

 出ましたね〜。なかみはずうううっと読み続けているものなので目新しさはないんですが(当たり前だ)、何が嬉しいって、紙が白いのが…(^_^;)。黄ばんだコミックスを読み続けている身としては、紙面の白さがまばゆいばかりです。
それはそれとして、回想録、3巻は「いらか」関連でしたけど、予想通り4.5巻は河さんの歴史でしたね。5巻最後のごあいさつがうれしかったりするっっ!「故国の歌は聞こえない」は雑誌の切り抜きがあるので、終了のご挨拶も手元にあるんですが、「いらか」は持っていなかったので嬉しかったですね。
表紙は、1.2巻が揃ってノスタルジックな夕焼け空だったのに対し、今回は3巻とも青空でした。もうちょっといろいろ取りそろえてほしかった気もしますが、ま、いっか。
栞も1.2巻と違ったイラストになって、さすが、ファン望みをわかってくれてるわ、と関心しました。これは感謝のことばを集英社文庫さんにメールしなくては(こういうマメな営業が、次の文庫化に繋がるのですよ、みなさん!)。この勢いで「空かける大地」単行本化してくんないかな〜。


やっと更新。  2000年11月10日

 ほんとに時間がなくて、全然手をつけられなくて申し訳ないです。
河川敷公園のレスも滞ったままだし、あろうことか過去ログも30発言ほど保存しないうちに流してしまうし、もうめちゃくちゃ。気がつけば背表紙も追加していないし、発売になった新刊の情報も「予定」のままだし。立ち読みできるMayがみつからなくて、次号の情報も入手できないありさま。いくら「今月のミナさん」がないとはいえ、あまりの無精ぶり。申し訳ないです。m(__)m m(__)m。
 てことで、やっと背表紙と出版リストを追加しました。もっときっちりやってかなきゃイカンですなぁ。
でも今年いっぱいは無理かなぁ…(;_;)。


まんが文庫「いらかの波」感想。  2000年11月10日

 発売になってから、すでに1ヶ月が経とうとしております。今ごろになって感想もないもんですが、やっぱ、言っておきたいので…(^_^;)。
 いいですねぇ〜。全体としてはかなりいいです。表紙は河さんの絵を使ってくれてるし(使わないのは白泉社だけかな)装丁はきれいだし、カバー折り返しの河さんの写真なんかは気が利いてるし、帯のコピーもノスタルジックでいい。何より巻末の「いらかの波 回想録」が嬉しいですよね。河さんは今まで、いろいろなところでメイキングオブ「いらか〜」を語っておられますが、やはりまんがエッセイのような形がいちばんらしくていいですね。…と言っても、2巻の回想録ではかなりはずれてきてるので、どこまで「いらか〜」の回想かはわかりませんが。
 その回想録の中で描かれている、初の北陸ひとり旅は「わたり鳥は北へ」の取材ですね。クマさんとの海外ツアーは河川敷公園でも度々話題にあがる「ようこそロンドンへ」の懸賞。ギリシア旅行で、昔の読者だった女性と同行することになって…というくだりは「ミナさん」の中で描かれたまんまですが、ああやって作品の中に登場させてもらえるのって、かなり羨ましい気がする…。って、ミーハー?うん、かなりミーハーだな。(^_^;)
 「いずれ最終の地にと考えているマチュピチュ」ってのは、「ああ、これがかずえちゃんの将来のベースか」と思わせられました。やっぱり河さんが以前言われていたように、「ミナさんも新名クンもかずえちゃんも私自身」ということなんだなぁ…と思ったりして。
 1巻の解説と、河さん自身の回想録で触れている「小林クンのキャラクター」の誤差には苦笑してしまいますが、まあ、あそこまで断定口調で誉められては「まあ、いいか」という気にもなったり…。いや、私が「そりゃ違うでしょう」と言ったところで、どうしようもないですしね。ただ、「いらか〜」を、代表作で最高傑作とあまり感じていない河さんの目には、あの解説はどう映ったんだろうなと思ったりして。
 余談ですが、今河さんの描く小林クンは、「空かける大地」の大地くんだなぁと思っちゃいました。
 河さんが描かれている小林クンのキャラクター解析は、以前からやりたいと思っていたことなんですが、なんつっても時間がないので手を出せずにいます。そのうちマジメに突っ込んで考えたいですねぇ。


ミナさん10巻発売。  2000年10月10日

 「ご町内のミナさん!」第10巻の発売が決まりました。11月9日木曜日。今回は「病めるときも…」「カミサマノイウトオリ!?」「こーえんデビュー」「記憶のひきだし」「ウサギタイム」の5本です。
お騒がせ峰さんとその彼氏、佐賀氏はここから最終回まで出番ナシ。騒動の主軸がいよいよ新名ファミリー&ミナさんのご町内問題に移行します。乞うご期待!
その前に「いらかの波」文庫判発売(10/18)ですぞ。


ミナさん(今度こそ)最終回。  2000年10月10日

 うーん、ついに終わってしまいましたが…。
番外編で取り上げた割には大きな出来事もなく、本編の中の一角という感じでしたね、今回の前後編。最終話で理解を示してくれた新名母が、ミナさんにもう一歩踏み込んでくれるというあたりがいいんでしょうが。でもそれは作品として読まなくても、あの本編の流れで十分だった気もします。むしろ「新名母はこれから、ミナさんを含め、新名氏ともっとわかりあえるようになるんだね」という余韻をもって終わらせていた方が良かったような気がします。この番外編は「旅行に行った時のネタを使いたかっただけで、新名母のエピソードはその付属」といった印象が拭えません。
 それはそれとして、自由時間にスケッチしてる新名くんとか、早朝散歩で気の合う二人を改めて見たかずえちゃんの表情とか、ダイヤを買ってもらってゲンキンにもご機嫌が直った母に赤面しちゃう新名くんとか、ほほ笑ましい見どころは随所にありました。
 MAYの勘違いなリニューアルのせいで、今後河作品がどうなるのかわかりませんが、また、こんななりふりかまわずハマれるような作品がはじまることを期待します。


『空かける大地』『お姉さんと一緒』のコミックス化促進運動。  2000年9月26日

 「たのみこむ」(http://www.tanomi.com/metoo/naiyou.php?catid=36&id=11255)で、河さんのコミックス未収録作品の単行本化を希望するリクエストをはじめました。「たのみこむ」は、さまざまな商品化のリクエストサイトで、票が集まって採算があえば商品化してもらえるというものです。実際にどんな企画が通って、商品化されたのかがはっきりしないあたりが頼りないんですけどね。あと、400票近く集まっている企画ですら、未だに実現していないあたりもちょっと不安。まあ、希望は持たなきゃいけないよね、ということで、とりあえず『お姉さんと一緒』の第3巻と『空かける大地』。これでうまくいったら、『家庭の2乗』や『ちいさな目シリーズ』もお願いしたいところです。まだ投票していないみなさんは、今すぐ行って「たのむ!」に清き1票を投じましょう!河さんの作品を少しでも幻でなくすために、みんなで立ち上がろうではありませんか!ただいま22票、60位!(先は長そう…)
発案、発声をしてくださったゆーりさん、ありがとうございました!


私のためではなさそうだ。  2000年9月3日

 「あなたのためにMAYがかわる!」という触れ込みで、今月号から誌面改変された月刊MAY。大々的に表紙からアピールされている藤臣柊子さんには全然興味がないし、その他新登場のまんが家さんも知らない人ばかり、おまけに来月から連載開始の汐見朝子さんの、あの画風で青春とか言われてもね…。今までMAYを支えてきた人気の連載をばっさばっさと切り上げて、何のための改変なのだと思っていたら、わかりました。同じ少年画報社から出ていた「まんが笑ルーム」とかいうギャグ雑誌が廃刊になったのね。で、そこで執筆していたまんが家さんをいっぱいひっぱってきたワケですな。今月号の「ミナさん」も、連載中にやっておけばよかったようなネタですよ。何も物語に終止符を打ってしまわなくても、大筋が解決した後にでも本編でメインをはれたお話でしょう。「あなたのために」とか言いながら、ファンの望む作品を根こそぎ終わらせて、結局は出版社のご都合だったわけです。ああ、ばかくさい。これまで河さんの作品以外は読んでいないも同然でしたが、今後も「河さんさえ読めればいいや」という雑誌に終始しそうです。ホントつまらん。