東京ドームホテルの最上階でごはん。  2004年2月2日

 先日、国会図書館襲撃と新年宴会を目的に上京してきました。その際、お忙しい河先生にまた声をかけていただき、短い時間ですがお会いすることができました。東京ドームのホテル最上階のレストランからの夜景がきれいですよ、と誘っていただき、田舎もんには最高のシチュエーション!としっぽ振ってついていきました。暮れゆく大都会の街の向こうには茜色に染まる空にシルエットを映す富士や丹沢山系が臨め、まさに絶景でございました。夕景から夜景へと色を移す眺めを堪能しつつ伺ったさまざまなお話を、余すところなく紹介していきますね。

読者アンケートのこと  2004年2月2日

 待ち合わせた飯田橋から東京ドームに行く電車の中で、まずお聞きしたのが「WONDER!」2巻の発売決定の朗報でした。たった今までしていた打合せで担当さんからお話があったとかで、まさにホットニュースです。「収録作はどこまでになるんでしょうね」「区切りがいいから、単発分を5話入れちゃうんじゃないでしょうかねえ」「そうすると、また読み切りの作品は未収録のままになっちゃいますねえ」なんてことをあれこれあれこれ。「表紙のイラストはまた書き下ろしですか?」「そうなりますね。構成もデザイナーさんと相談して…」。そこで話はデザイナーさんの仕事、雑誌のページのレイアウトへとつながって、読者アンケートの話(「河川敷公園過去ログ2003年12月分参照」)になりました。これについて、私は編集部には文句を書きましたが、先生への手紙には直接書かなかったんですね。なのに先生から「あのアンケートはデザイナーさんがいけないんですよ〜」と仰ったので、おや、と思っていたんです。今回はじめて知ったんですが、先生の甥ごさんが時々このサイトを見てくださっているそうで、河先生に「河のある風景の掲示板でこんな話がでてるよ」と報告があったんだとか。先生は面白がって甥ごさんにプリントアウトを頼み、それを読んだ後、他の用事といっしょに編集部に送ったのだそうです。編集部でも「河先生のファンからコピーでアンケートが来た!」と話題になっていたとかで、これからはしっかり検討してくれるでしょうと河先生は言われていました。ちなみに水紀さんの「編集のバカ〜!」という一言は、先生の自主規制で黒塗りにされたそうです…わははっ(^O^;)。

画材のこと  2004年2月2日

 私事ですが、めるは最近まんが描きが再燃していまして、時間をみつけてはまんがのプロットを考えたりペンに慣れるために描いてみたりしているんですね。そこで先生に、普段どんなペンを使われているのか聞いてみました。『わが同志!』の頃はGペンで、細い線はペンををひっくり返して描くなんてことも描かれていましたが、タッチがずいぶん違っていることだし、どうなんだろうと思ったもので。お答えは「今いちばん使うのは使い込んだ丸ペン、細かい部分や陰影を書くときは新しい丸ペン、特に太い線はGペンです」とのことでした。(う〜ん、私も同じなんだけどなあ)
 原稿用紙は特注じゃなく、市販の青い外枠が打ってある135kgの漫画用原稿用紙。新宿のルミネ?アルタ?の中にある画材やサンで購入されるとか。メーカー名まで聞けなかった私は臆病もんです。墨やホワイトの種類も聞きたかったんですけどねえ。このド素人が材料だけいっしょにしても描けるようになるわけじゃなし、なんて考えて、こっぱずかしくて聞けなかったんですよう〜!(;o;) とりあえず丸ペンの先がガンガン減ってすぐに丸くなってしまうのに、プロの方は何か特殊なテクニックがあって細く描かれているのかしらという大問題だけはクリアしておきたかったんです。先生も「1回分の作品を描くのに10本は消費します」と言われていたから、そういうもんなのか、と納得いたしました。次にお聞きするときはちゃんとメーカー名も確認しようっと。

まんがの製作過程  2004年2月2日

 河先生の場合、ネームに4日かけて(早い!)、下絵、主線描きはご自分でされるそうなんですが、アシスタントさんに手伝ってもらうのは月に4日だけなんだそうです。これは驚きました。金曜から月曜までに限定して、それで間に合わなかったらご自分で仕上げをしたり、無理言ってもう1日だけ、一人の方に残っていただいたりという形にしているのだそうです。それ以外に、一緒に住んでいらっしゃるチーフアシさんは、他のアシスタントさんが来られる前に枠線を引いたりという作業にかかられているそうなんですが。ずっと入れ替わりのないメンバーでお仕事されているので、先生のみならずみんなトシをとってしまって、若い頃に比べて1.5倍くらい時間がかかるようになったと言われていました。
 原稿が完成するまでって時間がかかりますよね。ネームを考え出してそれが決まって、編集さんにチェックしてもらって下書き、ペン入れ、仕上げをしているうちに、途中でこのシーンを変えたいなあと思ったりすることないんでしょうかとお聞きしたら、「そういうのが例の航太のセリフでね」と教えてくださいました。またお宝のページに載せるつもりなんですが、2月号の3ページ目の航太のセリフがネームと違っているんですね。あんなふうに途中で変更しちゃうことありますよ、と。徹夜の頭でいろいろ考えても、真夜中に書いたラブレターみたいに、後になったら使えないと感じるネームもいっぱいあるそうです。でも大幅な変更にならないあたり、最初のプロットがしっかりしているからなんだろうなあと感心してしまいます。
 ところで、先生の本音は、「自分の名前で作品を出すのに、人に手伝ってもらっているというのはいまだに納得できていない」んだそうです。信念は新名クンの先ちゃんと同じみたいですね。時間が足りないしアシスタントさんの技術も必要だから手を借りているけど、本来は自分だけで描くもの、という思いを30数年持ちつづけておられるのだとか。だから今手伝ってもらっているのは背景の建物などが主で、トーンは自分で貼るしホワイトなんかの仕上げもする。河先生のこだわりみたいです。(私が背景をみんな描いたら「ますおかやすじ」のまんがになってしまうからと笑っておられました。いや、それはあんまり〜!)
 蛇足ですが1月号の作品、背景にお寺が出てきますよね。あれ、アシスタントさんじゃなくて河先生の手によるものだと気づかれた方は何人おられるでしょうか(私はあらかじめ教えてもらってました)。たまたま都合がつかなくて、アシさんが足りなかったそうなんですが、たしかにそう思ってみるとタッチが違いますよね。私が「河先生が『私が描いたの!』って意思表示されてるみたいでしたね。」と言うと、「近代的なビルじゃなくお寺だったからフリーハンドでいけるし、少し山水画の雰囲気も出して面白がってみたんです。」と仰っていました。決まった画風じゃなく、いろんなことやってみたいのでしょうね。まんがが好きで好きでというのはお話を聞かせていただくとよくわかりますし、トーン削ってみたりいろいろなテクニックにチャレンジしてみたりという好奇心は、『ミナさん』の中で新名くんが熱中していたのと同じなんだろうなと思いますから。

 そのアシスタントさんが来られる日、先生は主線を描いてアシさんの仕事がちゃんとまわるようにスタンバっておくのだそうです。そして、お茶やお菓子が準備され、ポットにお湯を用意し、みんなで順に寝られるようお布団も用意して待っておられるのだとか。仕事中ご自分で食事を作るし片付けもするし、なんだかもう、まさに新名クンそのものじゃないですか?すごく気を遣われるみたいですね。で、共同作業の4日が過ぎた後、仕上げのために1週間ほど原稿とひとりで格闘して、ようやく出版社に手渡されるそうです。なんて長い道のり。これを30数年続けてこられたんですねえ。

 
 編集部に原稿を渡したら、返却されるまでには出版社によってぜんぜん時間が違うんだそうです。双葉社の頃は40〜50日で返却されたそうですが、今は行きっぱなしということもよくあるのだとか。単行本化の際、原稿はまた必要なんでしょうか、それとも本誌に掲載するときに作ったフィルムでできちゃうもんなんですか?と伺うと、いらかの文庫化のときは集英社にまだフィルムがあったから原稿を貸し出すことはなかった、出版社が変わらなければそれでいけるみたいですよ、と言われていました。だいたい本誌でミスプリがあったりするので、単行本の際は再度ゲラ刷りをチェックするそうなんです。以前「ミナさん」のときに新名氏の顔にフィルムの汚れで顔が半分真っ黒というのがあって、先生がそこを指摘して横に赤ペンで「?」と入れたら、顔の墨は直っていたものの、その「?」マークだけが突拍子もないところに写植されていたそうで、笑うやらあきれるやらだったそうです。前後の流れを見ろよ〜!と。(第5巻89頁2コマ目参照)

日南家のネーミングのこと  2004年2月2日

 大洋、航太、海斗。
何やら海にまつわるいわくのありそうな日南家のネーミング。これを直接お聞きしました。

める「先生!大洋のお父さんは海に何か関わりのある人なんでしょうか?」
河 「いやあ、何も考えてないんですよね。大洋、航太ときたから海斗ってつけちゃったけど。」
める「ちなみに海斗のお父さんの名前は?」
河 「それはそのうち適当に…。大洋とは年の離れた兄弟だから、あんまりハイカラな名前をつけるわけにもいかなくて。」
める「んじゃ『波平さん』?」
河 「いいですね『カツオ』とか?」

河作品、やがて磯野家に…。

エースをねらえ!実写版の感想  2004年2月2日

 前回お会いしたときにまんがのアニメ化・ドラマ化の話に花が咲いたので、新番組「エースをねらえ!」について聞いてみました。残念ながら初回放送日には仕事があがっていて、テレビを見る環境になかったので、見ていないとのことでした。甥ごさんがテニスのインストラクターをされている関係で「エースに松岡修三が出る」などという情報が耳に入り、「えっ!松岡が宗方仁!?」と一瞬絶句、すぐに監修しているだけと聞いて胸をなでおろしたそうですが(緊張の理由は「他のキャストより一人トシ取りすぎ」ってことらしいです)。影のあるあの宗方コーチが元気ハツラツの松岡修造…。いや、テニスの腕はいいだろうけどね…。そんなキャスティングしたら、制作会社に脅迫状送っちゃう。お蝶夫人は松本莉緒で、彼女が姫川亜弓の松本恵さんと同一人物とはご存知なかったとか。そこでもうお互いに見ていない「エース〜」の話はほったらかして「ガラスの仮面」の話になりまして、あのとき出て来た松本恵はべっぴんさんだったとふたりしてほめそやしてしまいました。ただ、天才女優なのにカツゼツ悪いのよね〜とオチがつきましたが。「ガラス〜」に関しては野際陽子さんの月影先生も安達祐実ちゃんのマヤもナイスキャスティングで、あれなら文句ないよねと言っていたんですが、当時新人だった文也くん(小橋賢児)はあれでオッケーだったのか?と…。うーん。男前ではあるけど、下手でしたよね、と、ここでも意見の一致をみました。だから「ちゅらさん」で出てきたときは上手くなっていて、大人になったなあと感慨深いもんがありましたよ、とフォローしておきましたが。「ガラス〜」は面白かったんですがシリーズが進むにつれて脚本家が調子に乗って、みんな独り言が多くなるんですよ。真澄さんなんか冷徹な仕事の鬼なのにずーっと独り言喋ってて、アブナイ人みたいでしたよねと言うと、河先生ウケておられました。
 「ガラス〜」はあのドラマに行き着くまでにあらゆる大小劇団から舞台化のオファーが美内すずえ先生のとこにあったそうで、かなり以前、美内先生が監修に入って1回舞台化したことがあるんだそうです。そのときの真澄さん役は脚本も役者もこなすけっこう名のある人だったそうなんですが、ミュージカル仕立てになっていて、舞台に出たとたん紫のバラを一本手に持って「♪紫のバラ〜めずらしい〜」って歌いだしたと。マンガ家仲間で見に行っていた河先生ご一行さまは大爆笑で、その後しばらく美内先生をその歌でからかったと言われていました。舞台化お祝いの花束にも紫のバラを持っていっていて、「紫のバラはいまどき花屋でフツーに売ってるって。知らないのはあんただけ」と真澄さんけちょんけちょん。まあね、何よりも大都芸能の速水真澄に歌わせちゃいかんよね。

お花のはなし  2004年2月2日

 東京ドームは静かでした。今日は何もイベントがないんですね、と言うと河先生が「世界の蘭展もまだだしね」と。「世界から蘭の花が押し寄せてきて、かなり大規模な国際展示がされる」という話を聞き、「蘭って恐いんですよね」と言うと「そう、食われてしまいそうな気がする。基本的にウツボカズラみたいな食虫植物の変形ですもんね」と河先生。遠目で見ればきれいなんだろうけど、近くによってうっとり見とれるような花じゃないよね、と蘭展の主催者やファンが怒りそうなことを喋っておりました。おっ、なんか感じ方が同じだぞと気をよくしためるが「パンジーってあかんべぇしてるように見えませんか」とふると、「私にはバカにして笑ってるように見える」と河先生。やっぱり似たようなこと感じるなあと思い、ついでに「ダリアってシーズーみたいなムクムクの犬の顔に見えますしね」と言ってみた。残念ながらこれは同意を得られなかったんですが、先生はダリアのあのきつい匂いがダメなんだそうです。「なんか変なかんじ、ちょうど昨日嫌いな花を考えていて、パンジーと蘭とダリアをリストアップしていたところなんですよ」と言われました。おお〜なんか不思議ですねえ。と、どーでもいいようなことで盛り上がりました。なお、なぜダリアが犬の顔に見えるかというとその昔ディズニーの「不思議の国のアリス」で出てきていたんですね。アリスで見たことなんかすっかり忘れていたんですが、幼い頃に見たアニメの印象が、こうして脳裏に焼き付いてるんですねえ。未見の方はぜひごらん下さい。ダリアがワンワン吠えていますから。